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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2956号 判決

原告 日本潤滑油株式会社

右代表者代表取締役 硲勝太郎

右訴訟代理人弁護士 伊豆鉄次郎

被告 竹内多津子

被告 山本喜左衛門

右両名訴訟代理人弁護士 本間勢三郎

主文

1  訴外竹内仁助と被告竹内多津子との間で別紙目録記載の(二)の建物について昭和四五年八月一八日なされた贈与契約を取り消す。

2  被告竹内多津子は、原告に対し、前項の建物について千葉地方法務局船橋支局昭和四五年八月一八日受付第三六一二五号をもって経由された所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告山本喜左衛門は、原告に対し、第一項の建物について千葉地方法務局船橋支局昭和四五年九月五日受付第三八五八九号をもって経由された抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

4  訴外竹内仁助と被告山本喜左衛門との間で別紙目録記載の(一)の土地について、昭和四五年八月二七日なされた売買契約および同年一〇月九日なされた売買契約を取り消す。

5  被告山本喜左衛門は、原告に対し、前項の土地について千葉地方法務局船橋支局昭和四五年九月四日受付第三八五三九号をもって経由された条件付所有権移転仮登記および同支局同年一〇月一七日受付第四三八九一号をもって経由された所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

6  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

(双方の申立)

原告訴訟代理人は、主文第一ないし第六項同旨の判決を求め、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(双方の主張)

第一原告訴訟代理人は、

一  請求の原因として、

1 原告は、石油類の製造販売をする者であり、訴外竹内仁助は、石油類の卸売をする者であるが、原告は、竹内仁助に対し、代金は、毎月二〇日締切、翌月一〇日起算一二〇日先支払の約定で、石油類を販売してきたが、原告は、昭和四五年八月一八日頃現在において竹内仁助に対し、少なくとも金四二三万三一五一円の売掛残代金債権を有していた。

2 しかるところ、

(一) 竹内仁助は、昭和四五年八月一八日被告竹内多津子(以下、被告竹内という。)に対し、別紙目録記載の(二)の建物(以下、本件建物という。)を贈与し、同日千葉地方法務局船橋支局(以下、船橋支局という。)受付第三六一二五号をもって、右贈与を原因とする所有権移転登記を経由し、被告竹内は、昭和四五年九月四日被告山本喜左衛門(以下、被告山本という。)との間で本件建物について抵当権設定契約を締結し、同月五日船橋支局受付第三八五八九号をもって右設定契約による抵当権設定登記を経由し、

(二) 竹内仁助は、昭和四五年八月二七日被告山本との間で別紙目録記載の(一)の土地(以下、本件土地という。)について売買契約を締結し、同年九月四日船橋支局受付第三八五三九号をもって右売買を原因とする条件付所有権移転仮登記を経由し、また同年一〇月九日被告山本との間で本件土地の売買契約を締結し、同月一七日船橋支局受付第四三八九一号をもって右売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

3 右2の(一)の贈与契約および(二)の売買契約の当時、竹内仁助には本件土地建物以外ほとんど財産がなかったのであるから、同人が、本件建物を被告竹内に贈与し、本件土地を被告山本に売却した行為が、原告の前記債権をして完全な弁済を得られなくし、もって右債権を害するものであることは明らかであり、かつ竹内仁助は、右害することを知りながら、あえて、右贈与および売買をしたものであるから、それらは、民法四二四条一項にいわゆる詐害行為にあたる。

4 よって、原告は、

(一) 被告竹内に対し、(1)昭和四五年八月一八日竹内仁助と被告竹内(受益者)との間で本件建物についてなされた贈与契約の取消、(2)右贈与を原因とする前記所有権移転登記の抹消登記手続を求め、

(二) 被告山本に対し、(1)昭和四五年八月二七日および同年一〇月九日竹内仁助と被告山本(受益者)との間で本件土地についてなされた各売買契約の取消、(2)右昭和四五年八月二七日付売買を原因とする前記条件付所有権移転仮登記および右同年一〇月九日付売買を原因とする前記所有権移転登記の各抹消登記手続、(3)昭和四五年九月四日被告竹内(受益者)と被告山本(転得者)との間で本件建物についてなされた抵当権設定契約を原因とする前記抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるため、

本訴請求に及んだと述べ、

被告らの答弁(第二の一)の2に関し、竹内仁助が、本件建物の贈与当時、本件土地を所有していたこと、原告に対し金四二三万三一五一円の負債があったことは認めるが、原告が竹内仁助に対し、訴外青木産業株式会社(以下、青木産業という。)への販売量を増額するように要求したこと、竹内仁助が原告から知らせを受けてはじめて青木産業の倒産を知ったことは否認する。その余の事実は知らない、と附陳し、

二  被告らの抗弁に対し、

抗弁1のうち、被告竹内夫婦の結婚二五週年は、昭和四五年ではなく、昭和四四年の八月一五日である、その余の事実は不知、同2は否認する。

と述べた。

第二被告ら訴訟代理人は、

一  答弁として、

1 原告主張の1は不知、同2の(一)(二)は認める、同3は否認する、同4は争う。

2 竹内仁助が被告竹内との間でなした本件建物の贈与契約は、債権者を害するものではない。すなわち、右贈与契約がなされた当時、竹内仁助は、積極財産として、本件建物のほか、本件土地(時価金一七〇万円相当)および青木産業に対する約束手形金債権金六九三万一七一九円、石油類の売掛金債権金六九万七五九八円、右債権の合計金七六二万九三一七円を有し、一方、債務としては、被告山本からの借受金三〇〇万円および原告からの買掛金名目で金四二三万三一五一円、右合計金七二三万三一五一円が存するのみであったから、竹内仁助は、本件建物を被告竹内に贈与しても、原告および被告山本に対する右債務を支払いうる資力を有していたのである。

当時竹内仁助は、原告と青木産業との間の石油類の販売および集金等の業についていたものである。青木産業は、東北地方において石油類の随一の販売網を有していた会社であって、昭和四五年八月頃も原告が竹内仁助に対して、青木産業に対する販売量を増額するよう要求していたという実情で、何らの不安もなかったのに、竹内仁助が前記贈与をした後、突然、青木産業が倒産してしまった。かくして、竹内仁助は、無資産となるに至ったのである。換言すれば、竹内仁助は、贈与契約の当時、債務を弁済するに足りる十分の資力を有していたが、その後右資力が不足するに至ったものであって、かような場合は、詐害行為とはならない。また、竹内仁助は、債権者を害することを知らなかったのである、

と述べ、

二  抗弁として、

1 被告竹内は、本件建物の贈与を受けた当時、それが債権者を害することを知らなかったものである。すなわち、昭和四五年八月一六日右贈与がなされるに至った動機ないし理由は、(一)被告竹内が本件建物の建築に経済上多大の協力をしたこと、(二)被告竹内と竹内仁助とは、昭和四五年八月一五日結婚二五週年を迎えてこれを記念するためと、結婚歴二五年以上の者の間の贈与は非課税であること、(三)竹内仁助は、従来の会社勤めをやめ、昭和四四年八月独立して石油類の販売業務をはじめたが、その取引額が多大となったので、万一、取引先の倒産に遭遇し、家族が路頭に迷うことになるのをおそれ、家族の住居の安定を期すること等にあったのであり、被告竹内としては、債権者を害すること等全く知らなかった。

2 被告山本は、本件土地を買い受け、本件建物に抵当権の設定を受けた当時、それが債権者を害することを知らなかったものである。すなわち、被告山本は、義弟にあたる竹内仁助が昭和四一年頃商品取引に失敗して借財に苦慮したときに、同人に金三〇〇万円を貸与し、その返済を受けられないでいたところ、昭和四五年八月下旬竹内仁助から事業資金として金一五〇万円の借入れを申し込まれたので、前記貸金三〇〇万円について公正証書を作成し、その支払を担保するため、本件建物に抵当権を設定すること、新規の金一五〇万円については本件土地を譲渡担保に供することを条件にして、竹内仁助に右金一五〇万円を貸与することとし、かくて、本件建物に抵当権の設定を受け、本件土地の所有権を売買名義で取得したのであり、その当時、被告山本において、債権者を害すること等は、全く考えてもいなかったのである、

と述べた。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和四二、三年頃から竹内仁助に対し石油類を販売してきたが、昭和四五年八月一八日頃には、その売掛にかかる残代金債権が金四二三万三一五一円に達しており、そのまま現在に及んでいることが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  原告の請求原因(第一の一)の2の(一)(二)の事実は、当事者間に争いがない。

三  竹内仁助が被告竹内との間でなした本件建物の贈与契約および被告山本との間でなした本件土地の各売買契約が、債権者を害するものであるか、竹内仁助が右害することを知ってあえてなしたものであるか、について検討する。

右一および二の事実、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  原告は、石油類の製造販売を業とする会社であるが、昭和四二、三年頃から竹内仁助との間に取引を開始し、昭和四四年八月頃からは、竹内仁助が原告から石油類を買い受け、これを青木産業に販売するという取引が行なわれてきた。

2  青木産業は、仙台市に本店があり、東北一円に販売網を拡げ、かなり手広く営業していた会社であり、竹内仁助の青木産業に対する販売量も次第に増加して行ったが、原告が、たまたま昭和四五年八月中旬、自己の取引先である銀行から、「青木産業が倒産に頻しているらしい。」との情報を聞知したので、ただちに電話でその旨を竹内仁助に知らせて調査方を依頼した。

3  青木産業は、昭和四五年八月一五、六日頃不渡手形を出し、同月一九日仙台手形交換所から取引停止処分を受けて、完全に倒産してしまった。

4  竹内仁助は、昭和四五年八月一八日妻である被告竹内に対し本件建物を贈与し、同日右贈与を原因とする所有権移転登記手続を経由した。

5  そして竹内仁助は、青木産業の実情を調べるべく、同年八月二四日夜上野駅を発って仙台へ赴いたが、青木産業はすでに空家同然となっており、その後約一週間滞在したものの、自己の債権の回収についても何ら得るところなく、空しく帰宅した。

6  竹内仁助は、右帰宅した後、原告主張のように、同年九月四日本件土地について被告山本へ条件付所有権移転仮登記を経由し、次いで同年一〇月一七日右土地について所有権移転登記を経由した。

なお、右各売買は、その実質は、竹内仁助が被告山本から新たに金一五〇万円を借り受けた債務を担保するため、本件土地(その時価について。本件土地建物の昭和四五年当時の時価が約金二五〇万円であること、本件建物は、昭和四一年頃金一〇〇万円以上をかけて建築されたものであること、被告竹内が、本件土地の時価を金一七〇万円相当と主張していること等によれば、本件土地の時価は、ほぼ右債務額に見合うものであったと認められる。)を譲渡担保に供したものである。ところで、竹内仁助は、右借受金一五〇万円を、一応、事業資金の名目で借り受けたものの、不注意にも、まもなく取引の相手に騙取された恰好で、たやすくこれを失ってしまった。

7  前記贈与契約のなされた当時における竹内仁助の債務は、原告に対し金四二三万三一五一円、被告山本に対し金三〇〇万円、その他取引先三軒位に対し金一四〇万円位あったが、一方、竹内仁助の積極財産としては、本件土地建物(時価合計約金二五〇万円)がある位で、その他に目ぼしい財産はなかった。もっとも、同人は、青木産業に対し、数百万円に達する売掛金債権を有していたが、青木産業が倒産に頻したため、すでにほとんど無価値なものとなっていた。

以上のとおりであり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、右認定の事実によれば、本件建物の贈与契約および本件土地の各売買契約が、債権者を害するものであり、かつ、竹内仁助は、右害することを知って詐害の意思で右贈与契約および右の各売買契約をなしたものと認めるのが相当である。右売買は、ほぼ本件土地の時価に見合な新たな債務のため譲渡担保に供したものであり、借受の名目は、事業資金のためというのではあったが、竹内仁助が、その使途について慎重な配慮を欠いて、まもなく右借受金を失ってしまったことからみると、右売買は、やはり、債権者を害するものであり、かつ、竹内仁助は詐害の意思で右売買をしたものと認めざるをえない。右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

四、被告竹内および被告山本が、右害することを知らなかったかどうかについて考える。

1  被告竹内は、右害することを知らなかった旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

却って、≪証拠省略≫によれば、被告竹内は、竹内仁助の妻であって、本件贈与契約の当時も同人と同居していたものであること、前記認定のように、竹内仁助が、原告から、青木産業が危いとの情報を聞いてから仙台に出掛けるまでの中間の時期に、右贈与がなされていることにより考えれば、被告竹内が右害することを知らなかったことを肯認することはできない。

被告竹内は、その抗弁(第二の二)の1において、本件贈与契約がなされるに至った動機ないし理由として、本件建物が家族の協力により建てられたものであること、結婚二五週年にあたること、免税の特典があること、万一を考慮したものであること等を挙げるが、かりに、こうした動機ないし理由があったとしても、それらは、右に認定説示した事実と合わせ考えるときは、右贈与が仮装のものではないという根拠にはなっても、いまだ、被告竹内において右害することを知らなかった事実を認めさせるに足りない。

2  被告山本は、本件土地を竹内仁助から買い受ける際および本件建物について被告竹内から抵当権の設定を受ける際に、右害することを知らなかったと主張し、≪証拠省略≫においても、同旨の供述をしている。しかし、前記二の当事者間に争いがない事実、≪証拠省略≫を総合すれば、竹内仁助は、昭和四五年八月下旬妻の姉の夫にあたる被告山本に事業資金の名目で融通方を求めたが、かつて同被告から借り受けた残金三〇〇万円の債務の返済すらできていなかったため、竹内仁助の弁済能力に不安をもった同被告から、右金三〇〇万円については被告竹内が連帯保証人となり、公正証書に作成し、かつ、本件建物に抵当権を設定すること、そして新たに貸与する金一五〇万円の債権を担保するため本件土地を譲渡担保に供することを求められ、竹内仁助および被告竹内は、右の趣旨を承諾し、前述のとおり、売買および抵当権設定とそれらに伴う登記手続とを履行して金一五〇万円を借り受けたことが認められるところ、証人竹内仁助は、「右金一五〇万円の借受の際、自分は被告山本に対し、青木産業の倒産のことや自分が原告その他に対し債務のあることを告げ、その結果被告山本から要請されて、右のとおり同被告に担保を提供したのである。」旨供述しているから、≪証拠省略≫は、にわかに措信することができない。他にも、同被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

五  以上説示したところによれば、原告の請求は、すべて理由があるから、これを認容すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一)

〈以下省略〉

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